この世界はサッカーだけで出来てる訳じゃない。

最近、ボールにさわっていない。あんなに毎日ボールを蹴って、サッカーのことだけ考えて、行動規準が全部、「これをやればサッカーがうまくなるか」だった頃が嘘みたいだ。あの頃はボールをさわっていなかったら落ち着かなかったし、毎日3時間は最低でも練習しないとダメだと思ってた。そうじゃないとうまくなることなんて絶対できないって。

毎日持ち歩いていたボールも、もう持ってあるかなくなった。あんなにどこに行くにも一緒だったのに、ないことに慣れてしまえば、もうそれが当たり前みたいだ。

僕はずっとプロサッカー選手になることを夢に5年間ボールを蹴り続けた。でもいつしかその目標は、少しずつ、少しずつ薄れていき、いつの間にか最初から存在しなかったかのように消えてしまった。まるで雪が溶けていくみたいだった。降って降って、降り積もった雪も時間がたてば消えてなくなる。ぼくの夢がなくなっていくのはごく自然なことだった。

あの頃の僕は、夢がないやつはダメだと思っていた。努力できないやつはクソだと思っていた。でも今は、そういうことを言うやつを見たら、こいつ終わってるなって思う。何か1つが正しくて、これは絶対間違ってるなんて言えることなんて、世界にはほとんどない。絶対ないとは言い切れないけど。

プロサッカー選手になれる人はものすごく少ないと言われている。だから諦めろって。お前には無理だって。でも思う。本当に無理だと思ったらそもそもなりたい気持ちなんてとうに消えてる。まだなりたいって純粋に思えてる間は全然チャンスがある。諦める必要なんて少しもない。チャレンジすべきだ。そうじゃないと一生そのやり残した気持ちは、自分の中でくすぶり続ける。それじゃその気持ちは報われない。一つ一つの思いを浄化していかないと、次には進めない。

でも、だからと言って、サッカーに囚われすぎるべきじゃあない。この世の中はサッカーで出来てるなんてそんなことは絶対にないから。サッカーじゃない他のものに目がいったとき、そんな他のことしてたらうまくなれないと思って我慢して、ストイックにサッカーだけに打ち込み続けることを悪いとは言わない。実際それが自分のためになることだってあるだろうし。でもサッカー以外の何かに目がいったと言うことは、自分の興味がそこにあることは間違いないわけだし、それをやってみるということも全然悪いことではない。繰り返すけど、世界はサッカーだけで出来てるわけじゃないし、人生はサッカーだけじゃないから。あくまでもサッカーは人生を楽しむ手段の1つ。サッカーが唯一絶対の答えではない。

そして、もし、サッカーが好きだ、プロになりたいと思って練習していて、あまりにも楽しめないのなら、それはサッカーが好きだと思い込んでいるだけなのかもしれない。好きだという気持ちは、別に不動なものじゃないし、一度好きになったものを一生ずっと好きなままでいられることの方が珍しいくらいだ。感情は常にアップデートされていくし、いつかの瞬間に抱いた感情を、ずっと持ち続けるなんて、しなくていい。自分の気持ちなんて少しずつ、時には大きく、どんどん変化していく。そしてその変化の中で、すごく美しい感情と出会う瞬間がある。それはあまりにも鮮烈な出会いだから、出会ったあともその余韻は残り続ける。そしてそれが消えていってしまった後も。そういった気持ちは、いつか消えていってしまうからこそ美しい。だからその瞬間出会えた気持ちに、ずっとしがみついているのは、あんまりかっこいいことじゃない。その感情は胸に秘めて、また歩き出せばいい。そうしても別に、その感情が自分の中になかったことになるわけではない。そういう奇跡みたいな感情は、過ぎ去ってもずっと胸に残り続ける。いつかそれは自分を暖めてくれるものになる。だから大丈夫。また1歩ずつ、1歩ずつ歩みを重ねていこう。

 


f:id:yoheifootball:20181020165408j:image