退屈

最近何をしていても今ひとつ身が入らない。本気でそのものに没頭できない。

 

と、ここまで書いて気づいた。というか今、こうして文字を打ち込んでいるうちに気づいたが、(また『気づいた』って言ってしまっている…!語彙力を上げよう。)僕はいつも、ここまで書いて気づいた、とかこれは本当に書きたいことじゃないとか言っている。正直ダサい。というか面白くない。つまり飽きたのだ。この書き方、そして、この思考パターンに。

 

これはブログに限った話ではない。最近色々なことに飽きているような気がする。でも、多分全てに飽きてしまっているわけでもない。そういう感覚も自分の中にある。僕が飽きてきた事は暇だなーと思った時に自分が反射的に選択する行動パターンだ。そしてこの反射的行動は、僕の『頭』が選んでいる。心に従った答えではない。心が感じる不安や停滞感、閉塞感、そして、そう言ったものを打破するために心が起こそうとする革命を、頭が鎮圧しようとして、無難で特に面白くもない行動を僕に選ばせて、僕を欺こうとしている。これじゃダメなんだ。僕が本当に聞くべきは心の声であって、頭からの指令ではない。

 

頭はいつも先を見ようとする。堅実さを求めようとする。何かしたい、やめたい。こう思っても、『でもこれをしたら…』とか『やめたら…』とか考えてしまう。その後どうなるかは誰にもわからないのに。それなのにビビってしまう。自分基準ではなく、自分が作り出してしまった『常識』基準になってしまう。これでは面白い人生は歩めないし、美しいものは見られない。怖さを踏み越えた先に、清々しさはきっとある。その後には、透き通るような疾走感が体を覆い尽くしてくれる。

 

 

 

 

ここまで書いても違和感は消えない。電車がこないから、ブログを久しぶりに投稿しようと思ってキーボードを叩いているが、書けば書くほど違和感は増すばかりだ。結局これも頭が選んだ行動だからなのだろうか。何かの打算を求め、自分じゃない何者かになろうとしてしまっているからだろうか。ここに並んでいる言葉は自分の気持ちのはずなのに、全部偽りに思えてしまう。言葉は騙す。こばで騙す。言葉に騙される。こう言ったことはよくある。でも、本当に必要なのは、言葉を騙すことではないだろうか。うまく説明はできないけど、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。

 

 

読んでいただきありがとうございました!

 

 

 


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